4/9 15:29 UP!
出勤3日目〜ある雨の日〜
めちゃくちゃ気持ちいいぞ、と誰かが言っていた。
だから、自分もやろうと決めた。
4月8日が大きな口を開け、またひとつ1を余計に含み終えた頃に降り出した雨は、瞬く間に東京を水の都へと様変わりさせていた。
都内某所にある秘密基地の待機所。雨粒が窓を濡らし始めた頃、誰かが「屋上で水浴びをしよう」と言い出した。若いセラピストたちが集まる待機所には、どこが男子校のような雰囲気がある。
その日は予約の案件がキャンセルになり、僕は待機所の奥で本を読みながら、張っていた気が綻んで、うとうととしていた。
屋上へと続く階段の先には分厚い鉄製の扉があり、当然鍵がかかっている。
先輩セラピストのYさんは、ここに来る前に色々な仕事を転々としていて、錠前屋でも働いていたことがあるらしい。
「行ってきなよ。人が来ないか見ててやるから」
Yさんは慣れた手つきでテンキーを操作し、1分もかからずロックを解除してしまった。
ぎい、と重い音を立てて鉄製の扉が動く。少し埃っぽい、錆びた鉄の匂い。
扉の向こうは霧に包まれたようにくすんで白くなっている。遠くでオートバイがギアを上げながら水たまりを跳ねていく音がした。鼓動がにわかに速くなる。すぐそこで東京が裸になっていた。
僕は我慢できず、服を脱ぎ捨てて、雨の屋上へと走り出た。
水浸しのコンクリートはほんのり暖かく、暫く忘れていた生々しい感触が足の裏から伝わった。髪に溜まった水が溢れて、零れ落ちていく。頬から顎へ、首元から背中へ。小さかった頃、祖母に連れられて行った公園の噴水広場の情景が頭を過った―――
ぶぶっ。
スマホに通知が入る。新規様からのお問い合わせ。新たなリピーターを獲得する千載一遇のチャンスだった。
反射的に僕は脱ぎ捨ててあった服を拾い上げ、階段を駆け下りて、内勤さんの居る事務所の扉を開ける。
「すみません!遅くなりました」
「遅い。もう別の子に回しちゃったよ」
未だ収まらない高揚感と落胆とで、僕はどんな顔をしたら良いかわからなかった。とりあえず、笑ってみる。
内勤のお姉さんは目を細め、ずぶ濡れの僕を怪訝そうに眺めている。
「ところで、君なんで裸なの?」
かくかくしかじか、事のあらましを説明したが、どうにも話が噛み合わない。
内勤さんを連れて階段を上がってみた。もちろん服を着たあとだ。そこには別のテナントが入る部屋の扉が並んでいるだけだった。
聞けば、Yさんは夕方から泊りがけでお客様対応中で、屋上へと続く階段はこの建物には存在しないらしい。
※この物語はフィクションです。
だから、自分もやろうと決めた。
4月8日が大きな口を開け、またひとつ1を余計に含み終えた頃に降り出した雨は、瞬く間に東京を水の都へと様変わりさせていた。
都内某所にある秘密基地の待機所。雨粒が窓を濡らし始めた頃、誰かが「屋上で水浴びをしよう」と言い出した。若いセラピストたちが集まる待機所には、どこが男子校のような雰囲気がある。
その日は予約の案件がキャンセルになり、僕は待機所の奥で本を読みながら、張っていた気が綻んで、うとうととしていた。
屋上へと続く階段の先には分厚い鉄製の扉があり、当然鍵がかかっている。
先輩セラピストのYさんは、ここに来る前に色々な仕事を転々としていて、錠前屋でも働いていたことがあるらしい。
「行ってきなよ。人が来ないか見ててやるから」
Yさんは慣れた手つきでテンキーを操作し、1分もかからずロックを解除してしまった。
ぎい、と重い音を立てて鉄製の扉が動く。少し埃っぽい、錆びた鉄の匂い。
扉の向こうは霧に包まれたようにくすんで白くなっている。遠くでオートバイがギアを上げながら水たまりを跳ねていく音がした。鼓動がにわかに速くなる。すぐそこで東京が裸になっていた。
僕は我慢できず、服を脱ぎ捨てて、雨の屋上へと走り出た。
水浸しのコンクリートはほんのり暖かく、暫く忘れていた生々しい感触が足の裏から伝わった。髪に溜まった水が溢れて、零れ落ちていく。頬から顎へ、首元から背中へ。小さかった頃、祖母に連れられて行った公園の噴水広場の情景が頭を過った―――
ぶぶっ。
スマホに通知が入る。新規様からのお問い合わせ。新たなリピーターを獲得する千載一遇のチャンスだった。
反射的に僕は脱ぎ捨ててあった服を拾い上げ、階段を駆け下りて、内勤さんの居る事務所の扉を開ける。
「すみません!遅くなりました」
「遅い。もう別の子に回しちゃったよ」
未だ収まらない高揚感と落胆とで、僕はどんな顔をしたら良いかわからなかった。とりあえず、笑ってみる。
内勤のお姉さんは目を細め、ずぶ濡れの僕を怪訝そうに眺めている。
「ところで、君なんで裸なの?」
かくかくしかじか、事のあらましを説明したが、どうにも話が噛み合わない。
内勤さんを連れて階段を上がってみた。もちろん服を着たあとだ。そこには別のテナントが入る部屋の扉が並んでいるだけだった。
聞けば、Yさんは夕方から泊りがけでお客様対応中で、屋上へと続く階段はこの建物には存在しないらしい。
※この物語はフィクションです。